22年度報告書
「大学の情報化と大学改革」報告書をまとめるに当たって
放送大学客員教授 平野秋一郎情報システムが広に行き渡り、われわれの社会、生活を激変させている。高度情報化の進展は個人、組織、社く社会会の可能性を増大させるとともに、それぞれの競争を激化させている。世界の枠組みは大きく変化しており、われわれもその動きに対応し、より高い可能性を追求しなければならない。
国力の基礎は教育であり、高度情報化社会の教育に情報教育は必須だ。衛星通信教育振興協会は、これまで衛星通信の活用による教育の革新に取り組んできたが、情報化の進展は、マルチメディアを活用した教育の充実、拡充が求めれており、その基盤となる情報教育の一層の充実を求めている。
しかし、大学で、情報教育が必ずしも的確に行われていないと指摘されている。教員からは、大学当局に情報教育の必要性の認識、熱意が足りない、産業界からは、大学は実践力のある情報活用能力のある人材の育成をしていないという声が上がっている。
大学の実情を見ると、情報教育の真のねらい、必要性が理解されていないために、大学の情報教育がパソコンスキル、コンピューターリテラシーに矮小化されていることが多い。これからわが国が、世界に伍していくためには、大学で高度情報化社会を担う人材を育成することが不可欠であり、情報化の進展、情報技術の発達に応じた情報教育の一層の充実が必要になる。
衛星通信教育振興協会はこうした問題意識に基いて「情報科学、情報教育のあり方、進め方に関する調査研究委員会」を設置し、現状の調査、検討を行い、大学の情報教育の促進、充実の呼び水となるマルチメディアを活用した情報教育のあり方を研究、多くの大学に適用できるモデルを構築すべく、モデル校における情報教育の実践を行い、成果を得た。
当委員会は、この成果を広く公開するとともに、
情報教育の標準的なカリキュラム、シラバスの作成
情報教育の実践例の蓄積と共有のための仕組みの設立を提言する。
1 問題意識
情報化、ネットワーク化の急速な進展は社会を大きく変えた。産業、ビジネスは新たな市場を生み出し、その構造を変えている。人々の生活は利便性と効率を高め、生活スタイルは一変した。
一方で、情報通信技術(ICT)を多くの人々が使いこなすまでには至っていない。また、情報の理解、情報化がもたらす社会の変化や影響への理解が広まっていない。そのため、情報格差、コミュニケーションのトラブル、ネットワークを使った犯罪の氾濫など、新たな問題が多発している。
教育にも情報通信技術が導入され、可能性を大きく広げている。大学にはネットワークインフラが整備され、パソコン、プロジェクターなど情報機器も導入されている。しかし、それを授業で活用する場面は一部にとどまり、教育に十分活かしているとはいえない。情報教育の内容にはばらつきがあり、大学の学習に必要な内容、社会活動で活かせる能力を身につけるものとはなっていないのが実情だ。
初等中等教育では、情報の学習はカリキュラムに盛り込まれているが、学校や教員によって、教え方や到達目標はばらばらで、高校卒業時の生徒の情報に関する知識、技術には大きな差が生じている。学生の到達レベルを揃えようと、独自のカリキュラムや学習リソースを策定して情報教育に取り組んでいる大学もあるものの、少数にとどまっている。
多くの大学が共通に使える情報教育の体系や標準はない。多くの大学が、それぞれの事情に応じて行っているのが実情だ。そのため、編集ソフトなどソフトウエアの使い方、パソコンの操作方法などを教えるにとどまっている大学、非常勤講師に任せきりの大学も少なくない。
さらに、履修登録や学務情報の連絡などに必要だとして、初年次の学生に編集ソフトや計算ソフトなどの扱いを学ばせる大学は多いが、それが4年間の授業、学習に活かされることが少なく、学生は覚えた知識、技術を活用する機会がないまま、知識やスキルを衰退させ、就職活動のために再度、学び直している、という指摘もある。なぜ情報教育を行うのか、どんな目的で行うのかが十分検討されないまま、マニュアル的な内容を義務的に行うケースが多い結果といえる。
情報教育は、パソコンリテラシーから情報倫理、セキュリティ、著作権など幅広い内容を体系的に学ぶ必要がある。しかし、情報の総合的な理解、その知識、技術を活用して社会人として自立できる人材を育成する態勢は、大学には乏しいと言わざるを得ない。
情報化、ネットワーク化は、産業経済活動へ深く浸透し、国を、そして世界を変えつつある。世界の変化に対応し、国を支える人材、ICTを活用して創造的な活動ができる人材の育成は急務だ。そのためには、大学での情報教育の充実が欠かせない。
日本の大学の情報教育、ICT人材の育成は、世界の変化に応じるには力も速度も創意も十分とはいえない。産業界が求める即戦力となる情報活用力の育成も不十分だ。世界の大学に遅れを取ることなく、産業社会の急展開に遅れることなく、人材育成で先進諸国に遅れをとらない取り組みが急務となっている。
景気の低迷、財政危機が深刻化し、新興国の台頭などグローバル経済の波が押し寄せる中で、日本の地盤沈下が懸念されている。新たな産業やビジネスの創出、世界をリードする知識・技術が求められている。それらを生み出すのは教育、人材育成だ。情報化社会では高度ICT能力の育成など情報教育は多くの分野で必要になっている。大学の情報化、情報教育の充実を21世紀の日本蘇生の手段とし、情報革命の推進を図るべきである。
上記の取り組みを進めるには、従来の教育と異なる内容、教え方、学び方が求められる。すでに情報化の進展で、欧米、アジアの教育先進国ではICTを基盤とした新たな教育が進められている。日本の教育も、知識から理解へ、個々の学びから協学へといった変革を迫られている。新しい教育の創造、教育改革を実現するには、大学、教員が、そして教え方、学び方が変わらなければならない。情報革命にインヴォルブされる大学改革を推進しなければなりない。以下の点が課せられた課題と考える。
2 現状
委員会は大学における情報教育の現状について調査、分析するため、大学で情報教育を担当する教員らを中心にワーキンググループ(WG)を設置した。WGでは、情報教育の実情や問題点を点検し、課題を洗い出した。主な点を列挙する。
- 情報教育の標準的な教育課程、シラバスがない。 大学では情報教育の標準的な教育内容を示したものはない。そのため、各大学、各教員が独自の判断、内容で行っており(あるいは、行われていない)、学生のスキル、知識に格差が生じている。
- 入学時の学生の情報活用能力に格差がある。 高校では教科「情報」が必修だが、高校、教員によって教える内容、学習目標はさまざまである。このため、大学の新入生の情報能力は違いが大きく、レベルを揃えるために高校の内容の復習、大学の授業で必要な内容の教育を改めて行うことが多い。
- 大学の授業で情報力が活用されていない。 初年次に情報教育を行う大学は多いが、4年間の授業の中でその力を活用する場面が少ない。多くの授業は情報機器を活用することがないため、学生は初年次に学んだ内容を活用することなく、就職活動を始める時期になって、改めて学び直すことが多い。
- 情報教育のための教材や教材作成の体勢が整っていない。 コンピューターやプログラミングなどの専門的な教育は行われているが、コンピューターやネットワークを利用するユーザーとして必要な知識、スキルの教育は十分とはいえず、そのための教材も乏しい。情報教育の教材は、教科書などの文字情報だけでなく、情報機器活用の場面の説明、スキルの訓練などの教材が不可欠だが、それを独自に開発する体制もない。そのため、大学に情報教育の体系やノウハウがなく、業者のスキルアッププログラムを利用する、あるいはMicrosoft社のOfficeの操作法を学ぶといった教育にとどまっているケースが目立つ。
- 大学での情報教育の実践事例が少ない。 大学教育の中に情報教育が適切に位置づけられず、対症療法的、場当たり的な教育しか行われていない。そのため、情報教育の範となるような実践事例は少なく、あっても広くその方法や成果、利用教材が共有されることがない。新たな教育内容を速やかに、効果的に行うには、範となり、参考となる事例が豊富に示すことが大事だが、そうした事例は少ないか埋もれているかである。
- 大学当局、教員に情報教育への関心が薄い。 産業界、一般社会に比べて大学の情報化は遅れており、情報化社会に対する認識も的確ではない。そのため、情報化の必要性、緊急性が充分に理解されていない。また、 教育より研究に重きを置く意識、変化を厭い、不慣れなものに対する反発などもあって、おおむね大学も教員も情報教育への関心が希薄である。
3 求められる教育
大学の情報教育で求められる内容は多い。
情報の理解、情報の活用の仕方の習得、コンピューターやネットワークの理解、マルチメディア表現の方法の理解と技術の習得、コミュニケーションの理解、情報倫理、コンピューターの操作など多岐にわたる。
大学では、この内容を授業の中で継続的、有機的に学びながら、情報社会を生き抜き、時代を担うための情報力を培う。また、情報社会を担う社会人として、情報化社会で適切に活動できる知識と態度を身につけることや、企業で活用できる情報機器やソフトウエアの活用力やコミュニケーション能力などが求められている。
企業のほとんどは、パソコンの操作、編集、表計算、プレゼンテーションなどの基本的なソフトウエアの操作は、採用する上での不可欠な基礎力とみなしており、大学の情報教育の実態はこうした社会的な要求とかけ離れているといえる。
#2で挙げた問題点に対応させて求められる教育を挙げる。
- 情報教育の標準的な教育課程、シラバスがない。 全国の大学で情報教育が適切に行われ、学生に必要な情報力を身につけさせ、情報力のある人材育成の流れをつくるには、基本的な教育課程、シラバスの策定が肝要である。これによって、個々の大学、教員の負担を軽減し、効率的な教育、学ぶべき内容の提示とその教育などを実現できる。また、大学卒業時に必要とされる最低限の情報活用能力の目標を掲げられ、社会に示すことができる。
- 入学時の学生の情報活用力に格差がある。 高校の教科「情報」は必修で、教科書はあるものの、その教育内容は高校、担当教員によって異なるのが実情である。大学入試のような共通の到達目標となるものがない、また、大学で必要となる情報活用力が異なるので、教える内容、教え方は高校が判断によることになる。必修にもかかわらず、他の科目に転用する高校があることも指摘されている。したがって、大学入学時の学生の情報活用力に格差が生まれている。大学の授業について行ける情報活用力を、高校段階できちんと学ばせることが必要である。
- 大学の授業で情報力が活用されていない。 初年次に情報教育を実施する大学は増えている。だが、それは多くの場合、大学の情報化に対応して、学生が履修登録などで情報機器を操作できるようにすることが主目的だ。一方、授業で情報機器を活用したり、ネットワークを使って課題を提出させたり、eラーニングを行ったりしている教員が増えているとはいえ、大勢とはいえない。情報機器の活用に関心を持つ教員、活用に慣れた教員が少ないこと、教室に情報機器が整備されていないこと、教員が変化を厭うことなど要因と考えられる。大学4年間の学びを通した情報教育、授業での情報活用など明確な目標を定め、一貫性を持ってデザインすることが必要である。
- 情報教育のための情報機器と教材、教材作成の体制がない。 大学の教室の多くは講義のための構造しかない。パソコン教室は整備されつつあり、プロジェクター、スクリーンを備えた教室も増えている。しかし、多くの教室はまだ、情報機器が整備されていない。情報教育でも、教科書やプリント資料だけでなく、写真、イラスト、アニメーション、CGなど視覚的な教材やネットワークを使った授業が有効である。コンピューターやソフトウエアの操作方法、ネットワークの活用などマルチメディアを活用した授業が理解の促進に有効だ。しかし、教室の設備が整っていない教室が多い。またマルチメディアを活用した教材が少なく、教員が自作しようとしても、機器などが整っていない。情報教育に必要な機器や教材、教材作成の体制態勢づくりが必要である。
- 大学での情報教育の実践事例が少ない。 新しい教育内容を速やかに、的確に授業に取り入れるには、個々の教員が一から考えるのではなく、実践事例を提示し、教員はその方法を活用し、さらに独自の教え方を生み出して行くのが効率的だ。初等中等教育では、授業実践の記録や授業計画などが共有され、効果を上げている。しかし、大学では実践自体が少ないうえ、それを共有する仕組みや組織がない。実践事例を多く生み出す体制とその成果を共有できる仕組みを構築すべきだ。
- 大学当局、教員に情報教育への関心が薄い。 ICTを活用した教育は多くの大学に広がっているが、直接関与し、積極的に取り組んでいる教員は少ない。多くの教員は従来型の講義でよしとし、ICTへの関心を示さない。教員の反対で、ICT化が頓挫した大学の例もある。また、大学教員は研究に重きを置き、教育への積極的取り組みを避ける傾向がある。教員としての訓練を受けていない、教授能力に欠けることもあるが、ICTを活用すると余計な手間がかかり、研究の妨げになる、という意識が抜け切れていない。また、大学当局も学長ら幹部のICTへの感度によって、対応が違うことが多く、担当副学長が代わった途端、ICT活用が進まなくなる事例もある。大学、教員に対する情報教育の啓蒙が必要だ。
情報教育の普及、拡大には、「情報教育を推進しよう」というようなスローガン的な活動でなく、上で指摘した問題に具体的な対策を立案、実施することが必要である。
しかし、列挙した問題点には、当委員会が対応することは困難な問題もあり、また、すべての問題を一度に解決しようとすることも現実的ではない。当委員会の目的に合致する問題、また、当委員会の取り組みうる課題を選び、情報教育の改革の足がかりとなり、多くの大学関係者に具体的な行動、意識改革を促す取り組みを行うことが現実的である。抽象的な内容ではなく、大学教員がすぐにも取り組める実際的なものを打ち出すべきだと考える。
上に取り上げた課題のうち、
その点から考えると、まず取り組むべきことは
大学で情報教育が進まない要因の1つが、「参考にしたい事例がない」ことは指摘した。
これに対処するには、将来の教育課程、シラバス作りを念頭において、積極的な取り組みをしている経験ある大学で実践を行い、これを提供することが有効と考えられる。多様な事例を多くそろえることで、教員の取り組みを後押しできる。
また「(3)大学の授業で情報力が活用されていない」は、「(6)大学当局、教員に情報教育への関心が薄い」ということの表れであるが、そのため学生は情報活用力を活かす場面がなく、その力を伸ばすこともできない。情報活用力は独立した学問領域ではなく、多くの分野で活用するものであり、あらゆる教育や学びに活かされる必要がある。情報教育は初年次に受けるが、それだけでは不十分であり、その後の授業で継続的に学習し、力を伸ばすことが肝要である。
WGでは、大学4年間を通して学ぶことで社会が求める情報活用力を持った人材を育成する必要があり、そのために、情報教育に熱心に取り組み、意欲の高い大学をモデル校とし、授業の実施やカリキュラム、教材などを委嘱、その成果を広く公開することが、当委員会の取り組みとして適切であると判断した。
大学や学部、学生の学力などによって、教え方学び方には差があるので、モデル校の選択に当たっては、「比較的学力の高い大学と低い大学」「理系と文系」「情報機器の活用が進んでいるかどうか」などを考慮し、これまでの取り組み実績、先進性、汎用性などにすぐれた実践を行っている3大学に委嘱することとした。
◇ 一橋大学
社会科学の総合大学であるが、科学一般の理解を深めることを目指しており、情報科学教育にも力を入れている。商学部の筒井教授は生物学、情報科学が専門で、実証的な情報教育を実践している。 文系の学生に対する情報教育の充実を目指して、情報リテラシー、情報モラル、著作権、セキュリティなどの問題を学生が体験、実証する中で理解するような教育法の開発、教材作成を委嘱した。
◇ 青山学院大学
社会情報学部は、一昨年5月、学生と教員全員にiPhoneを配布し、これから拡大するモバイルネット社会に対応した教育を実践している。伊藤教授は実践の中心となって、さまざまなモバイル活用のアイデアを出して、実践するとともに、分かりやすい授業、理解しやすい授業、学生の興味を引き付ける授業を行っている。 伊藤教授の専門であるWeb技術、メディア情報処理、データ工学の知見を活かして
の実践を委嘱した。
◇ 大阪電気通信大学
工学系の単科大学で情報、ゲーム、医療福祉など幅広い分野を扱っており、大学4年間の学習を通した一貫した情報教育の実現を目指して、カリキュラム、シラバスの作成に積極的に取り組んでいる。
兼宗教授はプログラミング言語、情報教育が専門で、教育用プログラミング言語「ドリトル」の開発者でもある。
理工系の学生がコンピューターを活用して4年間学習をしていくために必要する基礎力を育成する授業の実践と教材の開発を委嘱した。
4 モデル授業の実践
□ 「社会科学系大学における情報基礎教育カリキュラム」 一橋大学
一橋大学はコンピュータ技能の習得を主な目的とする導入科目として、「情報機器操作」、を2000年に新設し、その後、学生の実情に合わせたカリキュラム・授業内容の改善にともない、科目名を「情報リテラシー」、「情報基礎」と改めてきた。「情報基礎」はほぼ全員が履修しているので、授業では、できるだけ専門用語を避けながら、直感的・体験的理解に重点を置いて指導、情報科学における抽象的な概念も実習を通して理解できるよう工夫している。
このプロジェクトでは、学生がネット上の他者の文書を無断でコピーしてレポートを作成するという、いわゆる「コピペ」(不正引用)問題を素材にした授業と、情報セキュリティの授業を行った。
コピペ問題の授業では、コピペで作成した文書を提示して学生にネットで原文を探させるなど、作業を通してコピペの実像を把握させるなど、単に著作権の講義、禁止事項の周知などにとどまらない実際的な理解を目指した。 授業では、学生にネット上の文書からコピーしてきた文章で組み立てた文書を作成させるとともに、他の学生が書いた文書のコピー元の文章を探させた。探せる学生も探し出せない学生もいたが、これによって学生は、コピペでレポートを作成したことが簡単に分かること、コピペ元が判定ソフトなどで容易に検索できることなどを理解した。 コピペ問題は多くの大学で問題になっており、一橋大学も例外ではない。しかし、コピペが不正、著作権の侵害と認識していない学生も少なくない。創作、著作権、コピー、引用など著作物についての考え方や扱いについて理解させるため、学生に「どこまで(%)コピーが許されるか」「原文の変更はどこまで認められるか」「コピペの文章を含んだレポートをオリジナルといえる基準は何か」について議論させた。 議論では、最初、「コピーは悪くない」などという意見もあったが、著作者の気持ち、引用の方法や範囲、著作物による利益などを議論するうち、議論は深まり、コピーの許される範囲などについて意見をまとめた。コピーという行為について、自覚的になり、実際的な知恵が得られた。 「情報セキュリティ」では、技術的な側面だけでなく、インターネットなどを利用する際に、自らを守ること、また、不注意な行為で加害者にならないことなどを教えることを重視し、そのための最低限の知識を取得させることを目指した。 具体的には、ウイルス感染の手法や情報セキュリティの基礎などを教え、授業の前後に小テストを行った。小テストには解説を付け、より理解が深まるように工夫した。
小テストの結果を見ると、授業のはじめには学生の知識は5割程度だったが、終了時には8割が目標の80点を超えた。
□「スマートフォン,タッチタブレットを活用した教育の情報化」青山学院大学
青山学院大学は早くから、eラーニングの研究と授業への適用に取り組んできた大学であり、社会情報学部では学生と教員全員にスマートフォンを配布し、情報教育に取り組んできた。 伊藤准教授は、スマートフォンを活用した情報教育の開発、実践を中心になって進めてきた。伊藤准教授は本プロジェクトで、来るべきモバイルネット社会を見据えた情報教育のあり方、指針づくりを目指し、
- Webコンテンツ技術をスマートフォンやタブレットでの活用を学ぶ授業
- スマートフォンを活用したプログラミング教育
を行なった。
インタラクティブ環境の実現
まず、スマートフォンを利用してインタラクティブ性を高めた授業を支援するシステムを開発した。クリッカーなど従来のインタラクティブ性を高める機器は制約や価格の問題があり、簡単に利用しにくかった。そこでオープンスタンダードなWebコンテンツ技術を利用して、学生がスマートフォンで質問、アンケートに回答したり、授業の理解度、理解できない部分などを教員に伝えたりできる。学生はスマートフォンのタッチパネルに特定のアルファベットや記号を指で書くだけで、教員の画面に表示され、その記録も残るので、学生はストレスなく利用できる。
授業では,資料の中に4択の設問を記述して「A」から「D」で解答させたり、口頭で質問したことに「○」や「×」を書いて応えさせたりできる。学生が分からないことがあれば「?」、目を開かれたこと、感心したことには「!」を送信することで,教員は自分の説明が学生にどのように理解されているか知ることができた。
プログラミング教育を支援する環境設定
大学のプログラミングの学習では、1台のパソコン画面上に開発環境と資料を同時に開いて切り替えながら作業することが多い。作業が煩瑣で学習に集中しにくいうらみがある。その反省から伊藤准教授はスマートフォンに資料を提示して、パソコンは開発環境だけを表示するという仕組みを考えた。インプット作業はスマートフォン、アウトプット作業はパソコンに分けることで学習のしやすさを高めた。
スマートフォンを利用したプログラミング教育
プログラミング教育は、専門的な開発言語を使ったり、ロジック、アルゴリズムを同時に学ぶため初心者にはハードルが高く、挫折する学生も少なくない。そこで、教育用ビジュアルプログラミング環境「Scratch」を導入し、3つの授業を実施した。
1つは、1年生全員(220名)を対象にした「プログラミング体験授業」で、「プログラミングは難しい」という学生の意識を払拭し、プログラミングへの関心を高めることを目的とした。
2つ目は、1年生のゼミ生(12名)を対象にした「プレゼンテーション技法を学ぶ授業」で、Scratchによるプログラミングを組み込み、プレゼン資料の作成方法の習得と学生に対するプレゼンテーションの始動を行なった。学生は自分のアイデアをプログラムで実現し、それを発表した。学生は自らScratchの使い方を試行錯誤で身につけた。プレゼンテーションでは、開発の背景、目的から実装したプログラムの紹介、操作説明、 Scratchプログラムの実行、プログラムソースの説明、考察を発表した。
3つ目は、「学生講師によるScratchワークショップ」の開催である。小学生20人を対象に、Scratch授業で身につけた知識、技能を活用して授業を行なった。学生自身が授業の構成、教え方を考え、実施した。大学生が水から学ぶだけでなく、その成果を社会に還元し、情報化社会の成熟、格差の解消に貢献することが大事であり、教育になるとの考えからである。
□ 「理工系における情報基礎教育」大阪電気通信大学医療福祉工学科
大阪電気通信大学は工学系の単科大学で、本プロジェクトでは、医療福祉分野では必須のコンピューターリテラシー、情報科学、プログラミング、組込ソフトウエアを学習するための教育と教材の研究開発を行った。
初年次の学習にとどまらず、それを活かして4年間を通じて継続して学習していくための基礎づくりを目的とした。 理工系の学生がコンピューターを活用して4年間学習するための基礎力
- 操作できる(コンピューターリテラシー)
- 社会への影響(社会、倫理、セキュリティ)
- コンピューターとネットワークの仕組み(情報科学)
の3つをバランスよく学ぶことを目的に1、2年生を対象に授業を実施した。
従来から行ってきた1年生対象のコンピューター入門教育では、事務系のソフトウエアの操作などを学ぶものの、それを活用する場面がないなどの問題点があった。
そこで、リテラシー教育を
- 操作(その場で使える)
- リテラシー(4年間活用できる)
- フルーエンシー(自分で学びながら、一生活用してゆける)
という3段階で発展させると考え、本プロジェクトでは第1段階であった従来の「操作教育」を第2段階の「リテラシー教育」に発展させることを目的に掲げた。
リテラシー教育
年間カリキュラムを作成した後、前期では、「キーボード入力」「文書作成」「表計算」「セキュリティ(リスク回避)」を学習、後期で学ぶ「表計算の実践的処理」「ネットワーク利用」「コミュニケーション(プレゼンテーション)」の基礎を身につけた。
情報科学教育
コンピューターを使ってものを創り出すための基礎として「コンピューター科学」「プログラミング」「組込システム開発」を学んだ。 「コンピューター科学」では、初心者向けコンピューター科学の教育法「コンピューター・サイエンス・アンプラグド」(CSアンプラグド)を使った授業を設計、実施した。CSアンプラグドはコンピューターを使わず(unplugged)、体験的にコンピューターの働きを学ぶ教育法で、学生は操作にとらわれることなく、好奇心を持ってコンピューターの働きの根本を学んだ。
「プログラミング」は、従来の教授法では、プログラミングの専門家が使う開発言語を利用していたため、理解できない学生を多く生み出したという反省があった。そこで、初心者でも学べる教育用プログラミング言語「ドリトル」を使った授業を実施した。ゲームなどの作品を作りながら、楽しくプログラムを学び、独自のプログラムを作成できるまでになった。
「組込システム開発」では、光など外界からの入力を判断し、動作する組込機器の特徴を体験的に理解するため、「ロボットカーの制御」「センサ入力」の実習を行った。 学生の反応は「難しいけれど面白く内容を理解できる」とい評価で、実習や学生に適した教材、教授法を採用することで、授業への参加、学習態度も積極的になった。
5 今後の展開
◇成果の公開・周知
モデル校による授業、教材作成を行い、3つの特徴的な事例を収集できた。この成果を大学、大学教員に広く提供し、情報教育への関心を高め、実践を広げることが目的である。 委員会の取り組みと実践事例を広め、大学教員が、授業計画や教材を自由に利用できるようにするため、成果を公開し、文部科学省はじめ高等教育関係機関関連のウェブサイトや情報誌などに掲載を依頼することが必要である。
◇事業の継続
今年度は3校の実践事例を得たが、半期の実践にとどまっており、年間を通した実践、さらに大学4年間を一貫する情報教育の立案、作成にまでつなげることが肝要である。同時に、他の大学がこれを利用、評価した結果をフィードバックして、質の向上、充実を図る必要がある。そのための、大学教員によるコミュニティ形成、実践参加校の募集など、成果を活かす取り組みを広げる必要がある。
◇事例の体系化と教育課程、シラバスの作成
実践事例は、多様な大学の実情に対応できるようある程度の数は必要であり、さらに、事例を並べるだけでなく、事例を体系化して利用しやすくし、さらに標準的なカリキュラムや教育方法などを示す必要がある。情報教育の充実はわが国の教育にとって喫緊の課題である。この取り組みを呼び水として、多くの大学関係者が参加して、情報教育を促進する仕組みづくりも求められる。
その上で、わが国の社会、産業が必要とする情報活用能力を育成するための指針を策定し、それに基づいた教育課程、シラバスを作成する。
◇大学生の情報活用力の活用
初等中等教育では、情報教育が教育課程に組み込まれ、発達段階に応じた教育が行われている。しかし、「(2)入学時の学生の情報活用能力に格差がある」でも指摘したように その内容はさまざまであり、必要な教育がなされていない場合も少なくない。その要因は、教員の情報教育への理解、関心が足りないこと、情報教育をきちんと学んだ教員が少ないことなどがある。またコンピューター操作の指導は手間がかかることも一因でと考えられる。 情報活用力を身につけた大学生が、その力を維持し伸ばすには、大学の授業で活用するだけにとどまらず、大学の周辺の小中高校、社会教育施設などで、自ら講師となって教えたり、教員を補助したりすることが有効である。そのことで、学生自身の情報活用能力やコミュニケーション能力などの育成も期待できる。