23年度報告書
「大学の情報化と大学改革」報告書(23年度)
放送大学客員教授 平野秋一郎情報化の進展に臨機応変に対応し、時代をリードする人材の育成が求められる中で、 財団法人衛星通信教育振興協会は人材育成の中核となる大学教育に着目、大学における情報教育の充実が喫緊の課題であるとして、「情報科学、情報教育のあり方、進め方に関する調査研究委員会」を発足させ、大学の情報教育の指針とすべく研究開発に取り組んできた。 2カ年に渡る取り組みの中で、現状の分析、取り組むべき課題について論議し、「情報教育の標準的なカリキュラム、シラバスの作成」「モバイル社会に対応した教育の情報化」などについて大学の協力を得て、情報教育の企画、実践を行い、成果を得た。その結果を報告する。
経緯
「情報科学、情報教育のあり方、進め方に関する調査研究委員会」は、平成22年度に「大学の情報化、情報教育の充実を21世紀の日本社会蘇生の手段とし、情報革命の推進を図るべきである」との問題意識で大学における情報教育の現状について分析した。
その結果
などの課題を抽出した。
その課題を解決するため、22年度後期に青山学院大学、大阪電気通信大学、一橋大学に、大学生の情報力を育てる授業・カリキュラムの設計と実施を委嘱し、その結果をまとめ、公表した。
22年度の成果を分析した上で、事業の継続でよりよい提案をすべきとの認識で一致。23年度に、授業・カリキュラムの充実を図るとともに、情報機器、特に携帯端末の発達、多様化、普及が進んでいる現状に応じた新しい学びの方法を提案することとした。
ねらい
23年度の取り組みは「学習者の視点」「学びの視点」をより明確にすること、「適切なInputとOutputの実現」と「学習の中でのICT能力の育成」を目指した。
全根度の取り組みは、大学の情報教育に求められる基本的な要素(カリキュラム、学習環境、分かりやすい授業)を授業に具体化する点に注力し、その基本形を提示した。しかし、それだけでは、不十分である、より厚い内容と時代の変化に対応できる内容が必要と考えた。そこで「学びの形」を重視し、学生が主体的に学べる情報教育の新しい形を示すこととした。
大学の情報教育の問題点として、当初から図書からプログラミング学習で適切な指導法、学習環境がないため、学習に困難を感じ、つまずく学生が多いことが大きな課題として指摘されていた。学生の持っている情報力と、大学のプログラミング学習の内容のギャップが大きく、それを埋める授業方法の改善もみられないのが実情であった。そのため学習に困難を感じる学生が多く、情報教育を厭う学生を生み出すような事態になっていた。このような状況はプログラミング学習にとどまらず、機器やソフトウエアの操作、コンピュータの仕組みなどの授業でも見受けられ、従来型の講義形式ではない、新しい形の指導・学習方法の開発が必要と考えられる。
23年度の取り組みでは、この点を重視し、学習の流れ、学生の意識、モバイル機器の普及などを考慮しながら、学生が学習に興味を持ち、スムーズに学習を進め、積極的に楽しく学べる授業設計に意を払った。
特に、学習におけるInputとOutputの適切な組み合わせを考えた。従来の知識、技能を受け入れるだけではなく、学んだものを把握、理解して表現するOutputをどのように組み合わせるのが効果的か、また主体的な学習につながるのかを考えた。また、ICT活用能力を単独のものとして学ぶのではなく、それぞれの授業の中で、学びに有効な場面で学べる方法についても検討することとした。
取り組みと成果
23年度は、大阪電気通信大学医療福祉工学科の兼宗進教授と青山学院大学社会情報学部の伊藤一成 准教授に情報教育の授業・カリキュラムの設計と実施を委嘱した。
兼宗教授は「理工系における情報基礎教育」のテーマで、通年のカリキュラムの作成し、授業を実施した。22年度は、実施期間が後期だけだったので。23年度は通年のカリキュラムを作成し、理工系の学生が4年間の学びの中で適切、効果的にコンピュータを活用できる基礎力の育成を目指した。コンピュータ利用の基礎から段階を踏んで学んでいくスムーズな流れをつくり、随時学んだことを実践して確かめる実習を組み込むなど、InputとOutputの適切な組み合わせで、理解と技術習得が進むよう工夫した。開発したカリキュラムは、理工系大学・学部の初年次の情報教育のひな形として、多くの大学で活用しうるものと考える。
伊藤准教授は「モバイル社会を見据えた教育の情報化」をテーマに、教える側の都合でなく、学生が興味を持って主体的に学べる方法と環境を目指し、同時にモバイルネット社会の進展に対応した新しい情報教育の形を示した。
「ビジュアルプログラミング(Scratch)における授業コンテンツの拡張」では、スマートフォンで課題や資料を見ながら、パソコン画面で作業を行ったり、分からない言葉をその場で表示したりする機能を設け、学習者が自らのペースで主体的に学べる環境を実現した。
「オープンスペースを活用した知的好奇心の喚起を促す取り組み」では、数人のグループでiPadなどのモバイルを活用してディスカッションしながら、情報共有、問題解決し、成果をまとめる一連の学習を設計し、実施した。学生がなじんでいる情報端末を使い、ソフトやコンテンツを活用しながら創造する新しい形の情報教育を示した。
いずれも知識、技術を教えるのではなく、学生自らが授業の中で知識、技術を活用し、その有用性を確認しながら学べることに大きな特長がある。「なぜ学ぶのか」という学習者の疑問に自然に答える形で学習意欲を育てる方法を示した。iPadなどの情報端末を学習に活用する大学が増えており、今後の情報教育のひとつのあり方を示した。
まとめ
2カ年にわたる取り組みで、大学の情報教育の基本的なカリキュラムの提案、モバイル機器の発達など情報環境の進展に応じた教育のあり方について、提案をすることができた。
カリキュラムや指導方法は、個々の大学の実情に応じたものが必要で、できるだけ多くのタイプを提示することが望ましい。期間、人員などの制約で、多様なモデルを提示することはできなかったが、提案したカリキュラムや指導方法は、多くの大学で活用できることを意識して開発した。また、新たに開発した教材、授業などのデータも公開することにしており、自由に利用すると同時に、自らのアイデア、工夫を加えて新しいモデルの提案を期待するものである。
学生が世界の中で活動していける情報力を育成することは大学の大きな課題である。また、情報機器を活用してより魅力的で学びやすい学習環境を構築することも重要な課題である。
しかし、大学の情報教育の現状は、上記「経緯」でも述べたような、さまざまな課題を抱えている。それらの課題に共通するものは、大学が新しい状況に臨機応変、迅速に対応する力が弱いということであろう。情報教育の必要性は十分認識しながらも、従来のカリキュラムや体制を変えられないために、出来合いのリテラシー教育の方法で間に合わせる、非常勤講師任せにするなどまま子扱いにされていることが多いのが実状だ。
当委員会は、このギャップを埋め、情報教育が大学教育の中に自然に取り込まれることを願って、新たな情報教育の形を示した。この取り組みはほんの端緒にすぎない。当委員会の提案を活用し、参考にして、さらに進んだ取り組みが生まれること、そこから大学の情報教育の展望が開けることを期待する。